琉璃工房

歴史との邂逅

琉璃工房が制作の基本としてクリスタルガラスのパート・ド・ヴェール技法を選んだ背景には歴史的な意味があります。

1987年当時、パート・ド・ヴェール技法によるガラス制作は世界的に見ても珍しく、フランスのとある工房以外に専門家と呼べる人はいませんでした。そのため、琉璃工房はパート・ド・ヴェール技法の調査・開発に7,500 万台湾ドル以上の多額の資金と、3 年半という膨大な時間をつぎ込み、楊恵姍(ロレッタ・H・ヤン)の指導の下、技術向上に励んでいました。

しかし、そのような折、中国河北省にある劉勝(前漢時代の皇族)の墓から、少なくとも2100 年前にパート・ド・ヴェール技法で作られた琉璃ガラスの耳杯(楕円形の杯の両側に耳の付いたもの)が発掘されたという衝撃的なニュースを耳にします。

琉璃工房は、自分たちが調査・開発に多額の資金を投じていた技法を、2000年も前の祖先が既に習得していたという事実に衝撃を受け、中国人として、中国の歴史に無知であったことを恥ずかしく思いました。

以来、琉璃工房にとって、劉勝の耳杯は文化的アイデンティティとなり、「創造と学びには決して終わりがない」ということを常に思い出させてくれる象徴的存在となったのです。

未来への継承

たとえ一人でも、中国琉璃ガラスの旗を振り続ける ―張毅(チャン・イー)―

どれほど優れた作品であって、そこには必ず浮き沈みがあるもの。琉璃工房は、何千年もの時を越えて光輝く琉璃ガラスとの出会いをきっかけに、様々な調査と実験を繰り返した結果、その美しさは何世代にも渡る努力の賜物であることを知りました。

新疆から湖北省、湖南省、そして河北省から江西省。繊細で美しい琉璃ガラスの耳杯は、広大な中国全土の様々な文化・技術の影響がみられます。

「過去から想いを受け継ぎ、未来へと伝える」
琉璃工房は、尊敬と鍛錬というコンセプトの下、琉璃ガラスの芸術形式を甦らせるだけでなく、伝統や他者、自分自身に敬意を払うことによって、文化的精神を維持できると考えています。